ペットシッターの賠償と保険

上限の条項は、書き方を一つ間違えると丸ごと使えなくなります。保険の内容と突き合わせて、責任を層に分けて設計します。

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固定額の上限に「故意・重大な過失を除く」と書いていないと、上限そのものを主張できず、実際の損害の全額を負うことになりかねません。

このページの要点

  • 裁判例では、購入価格を超える治療費や飼い主の慰謝料が認められている。上限は時価ではなく治療費と慰謝料の水準で考える。
  • 上限を定めるその一文に「当社(役員及びスタッフを含みます。)の故意又は重大な過失による場合を除き」と書く(消費者契約法8条3項)。
  • 人の生命・身体には上限を置かず、預かった動物の死傷と、家財・鍵とで枠を分ける。
  • 保険に見舞金の枠があれば規約に反映し、保険の対象外の事故を把握してから上限を決める。

ペットは法律上「物」。でも賠償は時価にとどまらない

民法では、ペットは「物」として扱われます。しかし、ペットの死傷をめぐる裁判例では、購入価格(時価)を超える治療費や、飼い主自身の慰謝料が認められています。たとえば、購入価格6万5,000円の犬について、生命を維持するために必要な範囲の治療費、車椅子の製作費、飼い主の慰謝料が認められた高等裁判所の判決があります(交通事故で犬が後肢麻痺になった事案。名古屋高等裁判所平成20年9月30日判決)。

「ペットは物だから時価しか払わなくてよい」という考えは通りません。賠償の上限を設計するときは、時価ではなく、治療費と慰謝料の水準を念頭に置きます。

上限の条項は、書き方を間違えると丸ごと使えない

飼い主の多くは消費者です。消費者との契約では、事業者の賠償責任を全部免除する条項(消費者契約法8条1項1号・3号)、故意・重大な過失による責任の一部を免除する条項(同項2号・4号)は無効です。さらに令和5年6月からは、軽過失の場合の責任を一部免除する条項(上限の条項など)で、軽過失の場合にだけ適用されることを「当該条項において」明らかにしていないものも無効とされました(同条3項)。

依頼者の原案で多いのは、固定の金額を上限とし、故意・重大な過失を除く旨を書いていない形です。依頼者は「一律その額と誤解されないか」を心配されていましたが、法的にはもっと深刻で、上限そのものを主張できず、実際の損害の全額を負う状態になります。誤解のリスクと無効のリスクが同時にある、最も不利な組合せです。上限を定めるその一文の中に「当社(役員及びスタッフを含みます。)の故意又は重大な過失による場合を除き」と入れるのが、最も安全な書き方です。

事務所の改訂例:「保険で払える場合は」型の上限

上限と保険の関係

改訂前当店の賠償額は○万円を上限とします。ただし、当店が加入する○○保険の適用により全額支払いが可能な場合はこの限りではありません。賠償には、当店の過失を証する獣医師の診断書及び領収書等の提出を必要とします。(依頼者原案)
改訂後当社は、本サービスの提供に関する賠償責任保険に加入しており、補償の内容は事前打合せで説明し、又はご請求により書面でお示しします。保険金が支払われるときは、賠償額に充当します。当社は損害額の算定のため診断書・領収書等の提出を求めることができますが、提出がないことのみを理由として賠償を拒みません。

ポイント賠償の限度を保険会社の査定に委ねる形は、責任の限度を事業者側が決める権限に近づきます。獣医師が証明できるのは医学的な所見で、事業者の落ち度ではありません。証明できない書面を支払の要件にする部分も問題になるため、資料を「算定のための資料」に位置づけ直しました。保険会社名を規約に書くと、保険を切り替えたときに規約が事実と食い違うので、名前は書きません。

「上限を設けたい場面」は、上限で解くべきものが少ない

依頼者から「上限を設けたい場面」として7つの類型をいただいたことがあります。一つずつ検討すると、上限で解くべきものは意外に少ないことが分かります。

上限を設けたい7つの場面と、適した書き方
場面検討の結果適した書き方
病気の未申告・隠蔽による死亡等事業者に過失がなければ責任は生じない飼い主の告知の義務
同居人のけが・死亡人の身体の損害上限を置かない
ペットによる飼い主・同居人への咬傷、感染症人の身体の損害。動物の管理者の責任告知の義務・管理の記録・過失相殺
天災などの不可抗力そもそも責任は生じない(民法415条1項ただし書)免責事由として書き、発生時の対応と費用を定める
飼い主が指定した方法による損害過失相殺・危険の引受けの問題。危険な指定には警告する義務危険な指示に従わない権限、説明の記録、過失相殺
対象外の動物・人の間接的な損害第三者の請求権は規約で制限できない損害の範囲の限定(特別損害・逸失利益を含まない)
契約時間外の事故時的な範囲の定義の問題世話の期間の定義

上限が本当に意味を持つのは、事業者の軽い過失で現実に責任が生じる三つの領域、①預かった動物の死傷・逸走、②家財・設備の損傷、③鍵の紛失です。ここに、故意・重大な過失を除いた適切な水準の上限を置くのが正攻法です。

4つの層で責任を設計する

責任の設計(例)
  • 第1層:人の生命・身体賠償額の上限を設けないと正面から書く。損害の範囲の限定・請求期間の条からも外す
  • 第2層:預かった動物の死傷・逸走1回の事故につき「一定額」又は「その事故について保険から現に支払われる保険金額」のいずれか高い額を上限とする。一定額は保険の1事故あたりの限度額と同じにする
  • 第3層:家財・設備の損傷、鍵の紛失第2層とは別枠の一定額(錠の交換費用を賄える水準)又は保険金額のいずれか高い額を上限とする
  • 第4層:不可抗力・無過失責任を負わない。ただし、見舞金の枠を置く
  • 全層に共通故意・重大な過失を除くことを明示。通常の損害に限り、特別損害・逸失利益を含まない(故意・重大な過失を除く)。過失相殺

「いずれか高い額」とすると、保険が出る事故では保険金が満額飼い主に渡り、保険が出ない事故(病気・脱走など)でも一定額までは事業者が負担します。利用者から見て「保険会社の判断次第で賠償額が変わる」不透明さがなくなります。

「当社が責任を負わない場合」の条は、列挙した事由(不可抗力、告知の違反、持病・加齢・体質、飼い主が指定した方法、管理下にない貴重品、第三者の行為)を「当社の責めに帰することができない事由により生じたものと推定する」という推定の形にすると、事業者に落ち度があった場合には利用者が反証できるので、条項として通りやすくなります。

見舞金:保険では出るのに、規約が封じていた

事務所がレビューした事例では、加入していた保険に「見舞金費用」の枠がありました。預かった犬・猫が突然亡くなったとき、法律上の賠償責任がなくても、慣習として支払う見舞金を補償する枠です。ところが規約には「過失のない事由による損害には一切応じない」と書かれていました。保険では出るものを、規約で出さないと宣言していた状態です。

改訂では、「世話の期間中に動物が亡くなった場合、法律上の賠償責任を負わないときでも、一定額を上限に見舞金を支払うことができる。見舞金は法律上の責任を認めるものではなく、後に責任が明らかになったときは賠償額に充当する」という条を置きました。実質的な負担は免責金額程度で、「安心を売る」という事業者の姿勢を規約の上で表せる、費用対効果の高い条項です。

規約と保険証券を突き合わせる

保険の穴の地図(例)
事故保険規約で手当てすること
犬猫の死傷(病気・脱走以外の過失)あり(枠は小さいことが多い)上限を保険の枠より低くしない
脱走が原因の死傷なしのことが多い特約の確認。退室時の確認の徹底
病気が原因なしのことが多い告知の義務と推定の条項
預かった動物同士のけんかなしのことが多い多頭の受け方の基準
犬猫以外の動物なしのことが多い受託の対象と料金の見直し
飼い主・同居人のけが施設賠償で大きな枠上限を置かない
家財の損傷施設賠償で大きな枠別枠の上限
鍵の紛失受託物の除外でなしの可能性最優先で確認。費用の負担を明記
自動車での移動中自動車保険側の確認が必要送迎を行うかの判断
突然死(責任なし)見舞金の枠があることも見舞金の条

規約の金額を決める前に、現に有効な保険証券で、保険期間・限度額・免責金額・特約を確かめます。チラシや前の期の資料で決めると、事実と食い違います。業務委託のスタッフは事業者の保険の被保険者に含まれないことが多いので、スタッフ自身の保険の要件も、実際に加入できる商品を確かめてから決めます(スタッフとの業務委託契約書)。

スタッフの行為は「会社が責任を負う」と書く

「スタッフの故意による行為については当店は責任を負わない」と規約に書きたい、というご相談があります。しかし、事業者には、契約上の責任(スタッフは事業者の履行を補助する者です)と使用者責任(民法715条)があり、消費者契約法8条1項(特に、使用する者の故意による場合を定める2号・4号)の問題にもなります。利用者からは「従業員が盗んでも会社は知らないと言う会社」と読まれます。

規約には「当社は、スタッフを指揮監督し、本サービスの提供に関するスタッフの行為について責任を負う。代行者・同行者の行為についても同様とする」と書きます。故意の窃盗などをスタッフ本人に求めたい場合は、雇用契約・業務委託契約・誓約書で定めます。使用者がスタッフに求償できる範囲は、判例上、損害の公平な分担の見地から信義則上相当な限度に制限されるので、通常の業務の事故は会社が守り、故意・悪質な行為は本人に求める、という分担が判例の考え方とも合います。

事故が起きたときの手続

  1. 事故(動物の死傷、人のけが、家財の損傷、鍵の紛失など)が起きたら、直ちに知らせ、内容・原因・経過を記録して報告する
  2. 損害の拡大を防ぎ、現場の状態を保存・記録する
  3. 保険金の請求のために互いに協力する(事実の確認、保険会社の調査への対応、診断書・見積書・領収書の取得と提出)
  4. 飼い主は、事業者に知らせずに第三者と示談しない
  5. 事業者が賠償した場合、飼い主が第三者に対して持つ権利は、賠償した額の限度で事業者に移る
  6. 飼い主がペット保険から給付を受けたときは、賠償額から差し引く

ご相談の場面から:賠償と保険についてのご相談

賠償の上限は5万円と書いてあります。これで大丈夫ですか?

消費者向けなら、上限を定めるその文に「当社(役員及びスタッフを含みます。)の故意又は重大な過失による場合を除き」と書かないと、上限そのものが無効になるおそれがあります。人の生命・身体の損害は上限の外に出し、預かった動物の死傷と家財・鍵とで枠を分けることをお勧めします。金額は、保険の1事故あたりの限度額を下回らない水準にします。

飼い主のペット保険を先に使ってもらうよう、規約に書いてもよいですか?

飼い主自身の保険を先に使う義務まで課すと、飼い主の保険の更新や条件に影響する場合に不利益を押し付けることになり得ます。「ペット保険から給付を受けたときは賠償額から控除する」にとどめる方が穏当です。

利用者から規約の指摘を受けたとき

規約をホームページに公開していると、利用者から規約の内容について問合せや指摘を受けることがあります。事務所がレビューした事例では、利用者が疑問を持ちやすい点を六つに整理しました。

利用者が疑問を持ちやすい六つの点
利用者の疑問規約の問題直し方
何があっても責任を取らないのか軽い過失まで全部を免除する書き方責任を負う場面と上限を層に分けて書く
ペットの命の補償が、この金額でよいのか時価を前提にした低額の固定の上限保険の限度額との「いずれか高い額」にする
会社の都合でいつでも規約を変えられるのか通知なしの変更と「常に最新を確認する義務」効力の発生時期と周知の方法を定める
当日のキャンセルも回数の減少も返金なしは厳しい時期の区分の隙間と、減数の一律不返還提供日ごとにキャンセル料の表を当てはめる
料金表に金額がない基本料金の欄が空欄税込の総額で全区分を記載する
知らない人に合鍵を渡されるのか代行者への引継ぎの手続がない代行者の選定・事前の通知・事業者の責任を書く

検討の結果は、ほとんどの指摘が法的にも正当というものでした。利用者からの指摘は、反論するより規約を直す場面であることが多いといえます。厳しく書いた規約ほど、無効になった部分は民法の原則(実際の損害の全額の賠償)に戻るので、事業者はかえって無防備になります。冷たい文言は、「安心して任せられる」というサービスの価値とも矛盾します。キャンセル料の直し方は料金・キャンセル料で、代行者への合鍵の引継ぎは鍵と留守宅で、それぞれ詳しく解説しています。

免責を「担当シッターにも及ぼす」条項

申込書に「以下の免責事項は、担当シッター及びサービス代行者にも適用されます」という一文を置いた原案がありました。契約の当事者でない第三者に契約の利益を与える定め(民法537条)を使って、スタッフ個人も守ろうとする考え方です。ところが、及ぼそうとする免責の内容そのものが、消費者契約法で無効になる全部の免除でした。無効な免責をスタッフに及ぼしても、スタッフは守られません。スタッフを守るのは、規約で「スタッフの行為について当社が責任を負う」と書いて利用者の窓口を事業者に一本化することと、スタッフとの契約での求償の範囲の定めです。

飼い主に賠償した後、スタッフに求めるときの手続

業務委託のスタッフの過失で預かった動物がけがをし、事業者が飼い主に賠償した場合、事業者はスタッフに求償することになります。事務所が手がけた業務委託契約では、この場面の手続を次のように定めました。

  1. スタッフに、自身の賠償責任保険(対人・対物と、預かった動物の死傷)への加入を求め、契約の前と更新のときに証券の写しを提出してもらう
  2. 事故を知ったら一定の日数以内に保険会社へ報告し、受付の番号を事業者に知らせる。怠ったために保険金が出なかったときは、その額はスタッフの負担とする
  3. 保険で補われる部分はまず保険で補い(免責金額はスタッフの負担)、残りは事故の原因、双方の帰責性、事業者の指示や提供した情報が事故に寄与した割合を考えて、事故ごとに協議する
  4. 事業者が飼い主との間で賠償の額を合意する前に、スタッフに意見を述べる機会を与える。この機会を経ないで合意した額は、求償の基準にしない
  5. 事業者の提供した情報の誤りや不足(咬み癖を伝えていなかった等。咬みつき事故)による損害は、事業者が負担する

四つ目の定めは、事業者が飼い主との関係を早く収めたいあまり、高めの額で合意してスタッフに回す、という事態を防ぐためのものです。飼い主に対しては事業者が窓口となって責任を負い、スタッフとの間では原因と割合で分ける、という二段の構造にしておくと、どちらの関係も説明がつきます。

よくあるご質問

ペットが亡くなった場合の賠償は、購入価格まででよいですか?

裁判例では、購入価格を超える治療費や飼い主の慰謝料が認められています。「ペットは物だから時価まで」という考えは通らないので、賠償の上限は治療費と慰謝料の水準を念頭に設計します。

賠償の上限を定めるときの注意点は?

消費者向けでは、上限を定めるその文の中に「当社(役員及びスタッフを含みます。)の故意又は重大な過失による場合を除き」と書きます(消費者契約法8条3項)。人の生命・身体の損害には上限を置かず、預かった動物の死傷と家財・鍵とで枠を分けます。

上限額はいくらにすればよいですか?

加入している保険の1事故あたりの限度額を下回らない額にし、「その額又は現に支払われる保険金額のいずれか高い額」とする形が説明しやすい設計です。

無過失の突然死でも、何か支払うべきですか?

法律上の義務はありませんが、加入している保険に見舞金の枠がある場合は、規約に見舞金の条を置くと、少ない負担で信頼を示せます。

スタッフが物を盗んだら、会社の責任ですか?

規約で会社の責任を否定することはできません。利用者には会社が責任を負うと書き、スタッフへの求償は雇用契約・業務委託契約・誓約書で定めます。

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